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ペルソナ2罪、ペルソナ2罰関連の個人的な考察、小話、絵などの倉庫です
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しかし、ハイネのこの詩は、ドッペルゲンガーという語を直接用いながらも、そのような怪奇小説的な
筋立てとは無関係だ。むかし愛した女性の家の前に立つと、叶わぬ思いを抱いて彼女の部屋を見上げて
いた苦い思い出がよみがえってくる、その懊悩を生々しく表現するのに、当時の自分そのままの姿を
登場させて、その分身に身をよじらせる。そのことによって、詩人自身はいまやある程度古い恋の傷が
癒えていること、そして昔よりも冷静にその場に立っていることをほのめかしながらも、分身にその恋が
いかに苦しいものであったかを伝えさせているのだ。
恋心はふたりの胸に同時に芽生えることもまれではない。たとえ時間差があったとしても、好きになって
いく過程は楽しいものだ。
しかし恋の終わりがふたりに同時に訪れることはまずありえない。一時はともに永遠の愛を誓うまでに
燃え上がりながら、やがてどちらか一方が冷めていく。相手の変化に気づいたら自分も同じように冷める
のなら苦しみは耐えやすいことだろう。しかし現実はそう簡単ではない。
相手が離れれば離れるほど、失うまいといっそう執着して、この詩のようにストーカーまがいの振る舞い
をしてしまう。そうなったらもうその場所を離れるしか薬はない。つまり Out of sight, out of mind.
に頼るのだ。
この詩はもちろん単独でも十分に鑑賞に耐えうるが、連作詩の一環としてみるとなお興味深く映る。
「帰郷」のなかの第16番から第27番までは、もうひとつ単位の小さい連作と見ることができる。
ハイネの生まれ故郷はデュッセルドルフだが、この詩の作者が「帰郷」する都市はハンブルクだ。
その町には銀行家の叔父ザロモン・ハイネがいた関係で、19歳のときに商売の修行のために移り
住んだ。叔父の出資で商会を開業するが翌年には廃業、ボン大学、ゲッティンゲン大学で法律学を
学ぶ。この叔父は二つの面でハイネの人生に深く関与した。ひとつはハイネを終生経済的に援助した
こと、もうひとつはハイネが熱烈に恋することになるふたりの娘の父であったことだ。
最初は姉のアマーリエに恋をしたが、彼女はさっさと金持ちの地主と結婚してしまう。
次には妹のテレーゼに恋心を抱く。アマーリエのときよりもうまくいくかと思われたこの恋もしかし、
テレーゼの婚約でまたも失恋に終わる。
「帰郷」第16番から27番までは、アマーリエとの思い出を歌ったもので、一貫して苦い味の詩
ばかりだ。
第16番では、街が見えて来たとたん「最愛の人を失った場所」と形容している。
第17番では、アマーリエやその家族に悪態をつきながら、自嘲の言葉遊びをしている。
第18番では、馴染んだ路地を足が自ずとあの家へと向かううちに次第に重苦しい気分に襲われる。
第19番では、ついに思い出の場所に着く。彼女が涙ながらに永遠の愛を誓ったその場所にはいま
蛇が這っている。イヴをそそのかした蛇か。
そして第20番が『影法師』。
第21番では、彼女は今頃自分のことなどすっかり忘れて安眠しているだろう、そう思うと怒りが
こみ上げて来て、深夜自分の墓に連れ出すぞ、と物騒になってくる。詩はこのあたりから夜と幻想の
似合うロマン主義の色彩を帯びてくる。
第22番も同じくロマン主義そのもの。乙女が骸骨と踊る「死の舞踏」のモチーフが登場する。
第23番は夢の世界。そこでは彼女の姿はむかしのまま、口元の笑み、涙にうるむ目、ああ、失った
のが信じられない。
第24番は、この連作詩のなかでただひとつ異質。小さな恋の世界でなく「大世界」での苦悩を担う
詩人の姿が描かれる。シューベルトはこの詩にも曲を付けた。タイトルはギリシャ神話の地球を支える
巨人『アトラス』だ。
第25番では、再び未練がつづられる、もう一度会いたい、そして愛を告げたいと。
第26番はまた夢の世界。遠くに住む彼女の家の階段の石に口づける詩人。その石は彼女の足が、
裾が触れたものだから。窓からそのようすを覗き見る青白い顔。
第27番、小さな連作の最後は「むかしの恋よ、涙よ、さらば!」と閉じられる。